単刀直入に言う。
結婚相手は「尊敬できる人」であるべきだ。
正確に言うと「人として、憧れられる部分を持つ人」が正しいかもしれない。
恋愛、結婚ありえない、の時代
私は精神病の母を持ち、家族が大切だと思えない人間だった。
のちに精神科で回避型愛着障害の典型例と言われ妙に納得したところがあるが
友達ともなかなか親密な関係を築くのが苦手だ。
友達がいないわけではない、自分から距離を取ってしまう。そんな人間である。
とにかく「家族」「家」から離れたくて、いわゆる”Iターン”という形で地方へ就職した。
が、
時はコロナ禍、会社からは帰省禁止の圧を被り、
自分から距離を取るような人間であるから、オンライン飲み会をしよう!などという素敵なことも出来ず、正直軽い鬱だったと思う。
起きたら明日が来てしまうから、夜寝るのが怖いという状態。社内の同期は次々に辞めていき、人とのつながりはほぼ無。
親密な関係は無理なくせに、まったく人がいないというのも耐えられない。どうしようもない人間だ。
ここで誰にも気づかれないまま死ぬんだろうな。と、当たり前に考えていた。
男でも女でもいいから人と会話したいという不純(?)、むしろ純粋すぎる理由で始めたマッチングアプリで出会ったのが今の旦那である。
これは自慢だが、私の中学の成績はオール5。したがって進学した高校は割と有名な進学校だったこともあり、友人らは当たり前に有名大学に進学し、当たり前に有名企業に就職している。私も、高校内でギリ落ちこぼれにならないくらいの名の通った大学に進学し、地方の学習塾に就職した。
そんな人間が相手の学歴を気にしないはずがない。
最初は知らなかった。だって書いてなかった。プロフィール欄に。ちゃんと”高卒”って書いてあったらド偏見にまみれた私は彼と会うことすらしていなかったと思う。
“高卒”を知った時にはもう好意を抱いていたから、してやられたな、と思う。
「好意」は何から来るのか
人によってここが相当違うのだが、私は「自分にないもの」「理想」「憧れ」が直結する。
つまり元々自己肯定感の低い私は、もしかすると惚れやすいのかもしれない。
まず仕事の考え方。
「いかに楽できるかしか考えてない」
次に人間関係。
「俺って生きてくの上手いからね。自分が楽しくて迷惑かけてなければいいんじゃない?」
そして私に対して
「をふ(私)に舐められてる気がする。思ってる以上にをふのこと好きなんだけど。」
………。
私にはできない…。絶対言えない…。すげえ…。
こう書くと随分コミカルだが、
此処には書ききれないほど尊敬できる部分がたくさんあって、顔面も含めて「羨ましい」と毎日思っている。結婚するのに学歴は本当に関係ない。人間力を見るべきである。
そう、人として尊敬できるかどうか。
そういう人間は、大抵出世します。世の中からも評価されるからね。
尊敬できる人から愛を受けると、自己肯定感は爆上がりする
世の中これを明文化しているしている人が少ないな、と思う。
尊敬する先生や上司や先輩から認められたら嬉しいし、
憧れの推しからファンサがもらえたら嬉しいし、
「相手に対して自分がどう感じているか」によって、同じ言葉や行為でも重みが変わると思う。
つまり、
自分の尊敬している人と結婚していれば
この人が笑っているのは「自分のおかげ」だし
この人が頑張れているのも「自分のおかげ」になる。
さらに、尊敬している人から「大好き」なんていわれたら、自分の格って相当高いことになる。
つまり、尊敬している人からの愛は、自己肯定感の爆上げに繋がる。
「好き」=「尊敬」の価値観を持たない人もいるだろうけれど、
結婚すると分かる。「好き」は更新されるけれど、急にはかなく消え、なくなる。女性は特に。身体のリズムも相まって。嫌いじゃないけど、なんか今は一人でいたい、が定期的にある。
もちろんデートするたびにまた好きになるけど、日常の違和感がまた積み重なって…の繰り返し。
ただし、尊敬は消えずらい。
尊敬している人にずっと好かれている私…。悪くないよね。くらいに思えるから。
逆に
この人は私がいないとだめだ、とか、私が教えてあげなくちゃ、とか
知り合いの話でもよく聞くけれど
疲れそうだなって。
尊敬する旦那さんに敬意を表して。いつもありがとう。


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